腑抜けども、悲しみの愛を見せろ


劇団、本谷有希子で上演された戯曲の小説化バージョンで、先日、NHKのトップランナーに出演するなど脚光を浴びている主宰・本谷有希子の作品。

ぶっ飛んでるという噂はちらほら聞いていたが、これほどまでとは予想だにしていなかった。何よりも、「偏見」を完全に覆してくれる独(毒)創的なキャストが素晴らしい。自らを女優になるに相応しい特別な存在と頑なに信じて妹・清深を拷問のように虐げる姉・澄伽、姉の生活を嘗め回すかのように観察する清深、妻・待子への暴力を憚らない兄の宍道・・・とまあ、まるでノワール小説のような陰惨な趣。

さらに澄伽の清深への殺意に満ちた惨たらしい虐待シーン(熱湯を直接飲ませるなど)や、両親の凄惨な交通事故を目撃した清深の回想シーンのエグイ描写(脳漿が飛び散ったり、臓器が搾り出されたりなど)を読むにつけ、著者が女性だということがにわかには信じられなくなってくる。もっともセックスの描写だけは肝心の場面を省略しているが、それが戯曲よろしくフェイドアウトのつもりでカットしたのか、著者の女性らしさがそうさせたのか定かではないが、そこに幾許かの物足りなさを感じたのも事実だし、逆にホッとしたのもまた事実だ。

そして、この小説には、いくつもの究極的な愛の形が交錯している。女優になるべく自分の行動を正当化するなど傲慢の極みにある澄伽の強烈な自己愛、澄伽の孤独を救おうと葛藤する兄のギリギリの献身愛、宍道のために身を投げ打ち何も望まない待子の自虐的犠牲愛・・・。そのなかでも、澄伽の存在に怯え時には殺されかけながらも近づくことを厭わなかった清深の愛こそがもっとも歪で残酷で、そして肉親ならではのある種の”愛おしさ”に満ち満ちていたことに、私は心底胸が震えた。

強烈なキャラクターによる疾風怒濤の展開に目まぐるしさを覚えつつ、家族全員が澄伽の唯我独尊振りに振り回されながらもそれぞれが相互に影響を与え合う展開に心の片隅で共感を覚えたのは、やはり「愛」という特別で複雑な感情ゆえなのだろうかなどと青臭いことを考えてみた。どうやら私も腑抜けらしい。

小説がこんなに面白いのだから、本職の戯曲がつまらないわけないと思わせる、三島由紀夫賞候補作として名を挙げた傑作にして必読の一冊。

腑抜けども、悲しみの愛を見せろ
本谷 有希子 / / 講談社
ISBN : 4062129981
スコア選択: ※※※※

「腑抜けでも、誰でもいいから愛してみろ」―――タイトルをそう意訳できなくもない。

評価:AA+
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by Worthy42 | 2007-06-06 00:16 | 一冊入魂(読書記録)
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