卒論

今日、捕獲檻を前にして感じた恐れは、純粋な恐怖と言うよりはスリルといったほうが正しいのではないか。去年のあの時と違い、今日は恐れを感じていたとしても、囚われの身のヒグマに対して人間の側が圧倒的な優位に立っていた。(中略)追われる者、食われる者としての怯えを伴った恐怖ではなく、追う者、追われる者が負うべき危険に対する、快感を伴ったスリルではなかたったか・・・。

ヒグマを捕獲し、その後に追跡調査をするというこのフィールドワークが、現代人の内奥に密かに眠っている狩猟本能に触れるものを持っていると考えれば、熱に浮かされたような彼らの様子にも得心がいった。(中略)発信機を付けて彷徨うヒグマを追跡し、その姿をカメラのファインダーで捉えてシャッターを押すという行為は、道具が銃からカメラに替わっただけで、ハンティングに他ならない。獲物を追い詰めようとする時にハンターが味わうスリルと同質のものを予感し、興奮を覚えたのだった。(中略)そこにある血に飢えた自分の内面を一瞬かいま見たような気がして、その野蛮さにぞっとする嫌悪を覚えたものの、そこにはなぜか抗い難い魅力もあった。

―『ウェンカムイの爪』より
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by Worthy42 | 2007-08-16 17:38 | 美句妙文礼賛(魅惑の文言集)
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