シャトゥーン

人間が死に近触する恐怖を感じるケースは
大まかに2種類に分別されると思う。

ひとつは悪意で、たいていの犯罪者はこれに属する。
狂気に駆られた凶悪な犯罪者を前にして我々が怯え戦くは
そこに(たとえ我々一人ひとりが有していても実行不可能な)
非日常的な絶対悪を見て取り、死の予感を感じずにはいられないからだ。

もうひとつは、自然の脅威に晒されることだ。
地震、台風といった災害の類もそれに該当するが、
最も絶望感に苛まれるのは他の動物と同じく野生に放たれたときだ。
「ジュラシックパーク」のようなモンスターパニックムービーを思い出してもらえばいい。

モラルも感情もなく、「弱肉強食」のルールの下で
捕食者が非捕食者に対して絶え間ない殺戮を繰り返す世界にポンと置かれた瞬間から、
無力な人間は恐怖に支配され、一生解放されることはない。

前置きが長くなったが、この映画を支配する恐怖は後者に当たる。

北海道の冬の山小屋に閉じ込められた一行が、
秋に食い溜めに失敗して冬眠できずに徘徊する
シャトゥーン(穴持たず)と呼ばれる人食いヒグマに襲われる。

身長3メートル、体重350キロの巨大な体躯、
100メートルを6、7秒で駆け抜けるスピードと脚力、
人が乗ったマイクロバス(約5トン)の圧力にも耐えうる怪力、
足跡を消して追跡者の背後に回りこむ「止め足」を駆使する頭脳。

自然界での人間の非力と存在のその軽さに絶望しながら
この巨大な肉食獣に一人、また一人と生きながら食われていく人間たち。

解説では「冒険小説」と銘打たれているが、「冒険」?とんでもない。
冒険と呼ばれる行為は作中にはほとんどない。
蚊ほどの抵抗しかできずに、内臓を、腿肉を、頬肉を、そして頭蓋骨を
ただただ貪り食われるだけの、残酷極まりない「恐怖小説」といった方が正しい。

全編を支配する圧倒的な恐怖と暗澹たる雰囲気には
胸くそ悪いを通り越してトラウマになりそうなほど。
深夜1時から読み始めて明け方5時には読了したが
ショックのあまりになかなか寝付けなかった。

情景描写がいまひとつわかりにくかったが、
一貫してヒグマを捕食者、人間を非捕食者という構図で捉え、
残酷な(熊にとっては正当で、動物界にとっては健全な)事実描写を徹底したのは
さすがに事実を書き連ねることを常とする現職の新聞記者ならでは、か。

また、心理描写―――特に眼前に死が迫ってもなお、人間同士が
大人気ない意地の張り合いを続けるのは不自然だと思うし、
逆に場にそぐわないのどかなほんわか感が漂うのも不可解に感じる―――
に納得できない箇所が多くあったのも、これまた新聞記者らしい、か。

一気に話に引き込まれ読み耽ったが、
内容の凄惨さと惨たらしい事実描写に読後に大きなショックを与えかねない快作。

個人的には同じ熊を扱うにしても、
本作のようにヒグマの凶暴さや残酷さにのみ焦点を当てるよりかは、
マタギと熊との戦いをテーマにした作品で、
マタギの精神的崇高さに加え、熊や自然への敬意を払っている
『邂逅の森』の方が好きだ。

『シャトゥーン』(増田俊成)
評価:A+
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by Worthy42 | 2007-09-30 23:52 | 一冊入魂(読書記録)
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