Lost

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兄が肋が浮いて見えるようになるまで女を漁ってやり続けるのは、別に女が好きなだからでも、
やるのが好きだからでもない。ただ、蚤から人間に至るありとあらゆる雄から、鰭も尾羽も囀りも、
艶やかな毛皮も、力も名誉も財産も、愛したり憎んだりする人格さえ、全て剥ぎ取って残る何かに
突き動かされていたのだ。人間を人間に見せる顔が削ぎ取られた今や、
兄は剥き出しになった雄の本質であり、純化された本質を神性と呼ぶとしたら、
雄の神性の具現だった。と言うより、兄にはもうそれしか残っていなかった。


ぼくは美しいものを目にしていたのだ―――人間と人間がお互いを獣のように追い回し、
躊躇いもなく撃ち殺し、蹴り付けても動かない死体に変えるのは、川から霧が漂い上がる
キエフの夕暮れと同じくらい、日が昇っても虫の声が聞こえるだけですべてに死に絶えたように静かな
ミハイロフカの夜明けと同じくらい美しい。半狂乱の男たちが半狂乱の男たちに襲い掛かり、
馬の蹄に掛け、弾が尽きると段平を振り回し、勝ち誇って負傷者の頭をぶち抜きながら
略奪に興じるのは狼の群れが鹿を襲って食い殺すのを同じくらい美しい。殺戮が?それも少しはある。
それ以上に美しいのは、単純な力が単純に行使されることであり、
それが何の制約もなしに行われることだ。


・・・ぼくを全面的な溶解から救っていたのだ。ぼくはまだ人間であるかのように扱われ、
だから人間であるかのように振舞った。それをひとつずつ剥ぎ取られ、最後のひとつを
自分で引き剥がした後も、ぼくは人間のふりをして立っていた。数え切れないくらいの略奪と
数を数えることさえしなくなった人殺しの後も、人を殺して身ぐるみを剥ぎ、
機銃と手榴弾で襲って報酬を得ることを覚えても、ぼくはまだ人間のような顔をしていることができた。

(以上、『ミノタウロス』より)
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by worthy42 | 2009-12-03 11:18 | 美句妙文礼賛(魅惑の文言集)
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