カテゴリ:銀幕に溺れる(映画ノート)( 24 )

Movie of the Year 2009

たぶん、2009年は読書と同じくらいの時間を映画に費やした一年。
年間で50-60本の作品を見たと思う。とはいえ、B級映画好きは相も変わらず。
ゾンビやホラー、スポコンものを好むのも相変わらず。
読書同様、我ながら、趣味はよろしくない。

映画の選定の際、自分の好み以外に参考にしているのは、
日経の金曜日の夕刊裏一面に掲載されている「シネマ万華鏡」。
ここで評価されている星勘定を頼りにしているところは大きい。
いわば、偏った映画ばかり見ないようにするための「弁」であり、「羅針盤」のようなもの。

とはいえ、映画の選定は読書以上にその時の感情次第というところがあって、
今週末はこのDVDを借りようと固く決意していても、
DVDの棚を眺める瞬間にそういう気分ではないことが多くて、
そんな理由で、去年一年間ずっと見逃し続けた作品が結構ある。
今年は触手を伸ばさなかった作品をぼちぼち見ていこうかな、なんて思っている。


①『消されたヘッドライン』
②『クライマーズ・ハイ』
③『エレジー』
④『グラントリノ』
⑤『3時10分、決断のとき』
⑥『スラムドック&ミリオネア』
⑦『チェンジリング』
⑧『天使と悪魔』
⑨『その土曜日、7時57分』
⑩『プライミーバル(BCCドラマ)』


①と②はともに新聞社の記者が主人公の社会派ミステリ(①)&ドラマ(②)。
日米の新聞社の文化差、大手新聞社と地方新聞社の格差も如実に垣間見えて興味深かった。

両作品ともにキャスティングが絶妙だったが、
特に①のコワモテ編集局長を演じたヘレン・ミレンが抜群に良かった。
社内に響くヘレン・ミレンの怒声や罵声には鬼気迫る迫力があって、
あんな眼差しで叫ばれたら、胃が痛くなるどころか、胃が機能不全に陥りそう。懐かしい。

ちなみに、ロバート・レッドフォード、ダスティン・ホフマンの2人が、
ニクソン大統領のウォーターゲート事件をすっぱ抜く記者に扮した「大統領の陰謀(実話)」で
編集主幹役を務めたジェイソン・ロバーツの演技は完璧だった。

③は今年最も心に沁みた一作。
今の自分が深く共感するところを含む内容なので、まるで我がことのように、と言えば大げさだが、
似たような心境を持つ一人として劇中の展開に見入ってしまった。
こういう映画を見るようになったかと、我ながら不思議な感慨にとらわれた。

④、⑤ともに、男道まっしぐらというべき内容で、男臭さが満開。
でも、こういう芯のある映画がとても好きなので、また来年も見返すかもしれない。

⑦は母の息子への想いの強さをありったけ表現した実話に基づく社会派作品。
アンジーの過剰な演技はやや鼻につくが、作品の出来を左右するほどではない。

⑥、⑧はいわゆる万人向けのエンタメ作品と呼ばれているので、それほど期待をしていなかったが、
どうしてどうして。ともに予想以上の面白さで、劇場に行けばよかったなあと、やや後悔。

⑨は悲劇オブ悲劇な作品。
きっと悲劇はちょっとした偶然の重なりで何倍にも辛さを増すものだなと思う反面、
「愛憎」という言葉の意味を深く噛み締めた。
愛が強ければ強いほど、憎しみもますます強くなるのだ、と。

⑩はBBCのテレビドラマで、古代の奇怪な怪物が異空間の歪から現代に迷い込んで、
人を襲うというモンスターパニック短編作品。
第2シーズン終盤からは人間の愚かさ、浅ましさが際立つ意外な展開に流れている。
このままいけば、なにやらキナ臭い終局が予想されるのだが…。
怪物の外見がややちゃちい作りで気になるけれど、テンポが良くて引き込ませる。
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by Worthy42 | 2010-01-02 16:58 | 銀幕に溺れる(映画ノート)

2009年上半期ベスト(映画)

今年はやたらとB級映画(ゾンビ、SFなど)を見まくってるので、
「高尚な」映画をほとんど見ていない。

その中でも劇場で観た2本、『消されたヘッドライン』と『グラン・トリノ』は、
予想通り重厚な造りでとてもいい作品だった。

現段階で上位に推したのは、ともに新聞記者が主人公の2作。
置かれた状況は異なるものの、ともに気骨溢れる記者たちの活躍は圧巻で、
『クライマーズ・ハイ』は横山秀夫原作の小説も白眉の出来。読んで損はない。

変わったところでは、テレビドラマシリーズの『プライミーバル』。
BBCが制作した恐竜モノで、異空間との歪から現代に恐竜が蘇って・・・というストーリー。

1.『消されたヘッドライン』
2.『クライマーズ・ハイ』
3.『グラン・トリノ』
4.『告発のとき』
5.『ヒットマン』
6.『プライミーバル(BBCドラマ) 1-3』


<今年要チェックの映画>
『チェ・「28歳の革命」&「39歳別れの手紙」) 』
『チェンジリング』
『悲しみが乾くまで 』
『プライミーバル(BBCドラマ)4-6』
『帰らない日々』
『君のためなら千回でも』
『サルバドールの朝』
『君の涙 ドナウに流れ ハンガリー1956』


<やっぱり今年も観てしまった、お約束の私的傑作たち>
・『エニー・ギブン・サンデー』
・『グッドナイト&グッドラック』
・『インサイダー』
・『大統領の陰謀』
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by worthy42 | 2009-06-20 21:18 | 銀幕に溺れる(映画ノート)

Movie of the Year 2008

先日、『クライマーズ・ハイ』を観たあとに、
ふと、2008年の映画ランキングをまとめていなかったことに気づいたので、
今さらだが昨年一年間に見た映画を私的にチョイスしてベスト10にしてみた。
(邦画洋画の区別は付けずに、観るのが2度目、3度目となる作品は除外)

もっとも、夏頃から記録をつけるのを怠っているので、
特別に印象が深かったものしか覚えていない。

「あ、これだ!」という横綱級の作品には出会えずに、1位から選ぶのに苦労した。
番付表という形をとるのであれば、「横綱抜き」ということになる。

1.『ヒトラーの鴈札』
2.『善き人のためのソナタ』
3.『スルース』
4.『再会の街で』
5.『アメリカン・ギャングスター』
6.『ノー・カントリー』
7.『once ダブリンの街角で』
8.『ツォツィ』
9.『迷子の警察音楽隊』
10.『ゴーン・ベイビー・ゴーン』

次点. 『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』


上位5作のうち、戦争(テロ)関連の作品が『スルース』、『アメリカン~』を除く3作。
一方で、観賞後にすっきりと癒されたのは『ダブリン~』と『迷子の~』のみ。
年々、テーマが重たい映画を好んでみる傾向が顕著になってきたか。

そのストーリーと発想ゆえに特に鮮烈な印象を受けたのは3位の『スルース』。
ジュード・ロウ VS マイケル・ケイン。文字通り、二人の名優が対峙する傑作。
老いてもなお偉大さを発揮したケインは、
『ダークナイト』でも抑えた演技で際立った存在感を醸し出していた。
ただ、この作品は好みが極端なほどはっきりと分かれそう。

『ノー・カントリー』は殺し屋(ハビエル・バルデム)の評判以上の不気味さが印象的。
あの風貌を思い出すと、夜も眠れなさそうな気がしてくる。
"BOSS爺"こと、トミー・リー・ジョーンズは保安官(刑事でも警官でもない)がハマり役。
ジョーンズは『告発のとき』でも名演技を見せている。

10位の『ゴーン・ベイビー~』は『グッドウィル・ハンティング』で
アカデミー脚本賞を受賞した俳優ベン・アフレックが脚本を書いているので、
ただでは終わらないだろうとは予想していたが、
アメリカの現状を照らし出した何とも救いがたい結末に、唸らされた。

『ゼア・ウィルビー~』では主演のダニエル・デイ=ルイスが
アカデミー男優賞、ゴールデングローブ男優賞ほか、各賞を軒並み受賞。
これだけの演技(怪演)をすれば、そりゃ、あげちゃうよな~という感じ。


今年はとにもかくにもチェ・ゲバラの映画2部作が今のところの愉しみ。
トミー・リー・ジョーンズと並んで好きな俳優ベニチオ・デルトロが演じるとなればなおさら。
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by worthy42 | 2009-01-11 23:05 | 銀幕に溺れる(映画ノート)

ANY GIVEN SUNDAY

友人から良い映画を紹介してくれと頼まれたのだが、
「私的」傑作映画を見直すことに最近ハマっているので
良いかどうかは別として、好きな映画をチョイスしてご紹介する。


『Any Given Sunday/(邦題)エニー・ギブン・サンデー』

アメリカで最も人気のある国民的スポーツ、アメリカンフットボールのプロリーグ、
NFLのとあるチームの監督を中心にフットボール界の内幕を暴いた、
社会派監督として名高い、オリバー・ストーン監督の作品。

名物コーチ、トニー(アル・パチーノ)率いるマイアミ・シャークスは苦戦が続いている。
そんななか、エース・クォーターバックの怪我で出番が回ってきた
控えのウィリー(ジェイミー・フォックス)は華々しい活躍でチームの救世主となる。
だが、一躍スターダムを駆け上がり有頂天になった彼はチームで孤立していく。

一方、父親からチームを譲り受けた若き女性オーナー(キャメロン・ディアス)は
不甲斐ないチームをメスを入れるべく非情とも言える改革を推進しようとするが、
選手起用にまで口を出すようになり、トニーと激しく対立する。

そして、運命をかけたプレイオフが迫ってくる・・・。


この映画にはアメリカのスポーツ界のすべてが詰め込まれている。

登場する人物たちは皆、異常で、醜悪ですらある。

フットボールへの度を超えた情熱ゆえに家庭が破綻したコーチ、
スポンサーからの個人記録達成の特別ボーナス狙いでパスをよこせと要求する選手や
重篤な損傷の危険性を承知しつつもお金のために訴訟放棄に応じてプレイする選手、
本拠地移転をチラつかせ、高額な新スタジアムの建設を市長に迫るオーナー、
選手生命を脅かす怪我のレントゲン写真を捏造するチームドクター、
オーナーにコーチの解雇と自らのコーチ就任を懇願するオフェンシブ・コーディネーター、
満身創痍ゆえに引退を切り出した夫に平手打ちを浴びせ、現役続行を強いる妻、
スターをお金に換金すべく暗躍するエージェント、スターを盲目的に祭り上げるメディア、
そして、コーチや選手に群がる娼婦や取り巻き連中。

一枚の下劣な絵画にこれでもか、これでもかと収められたかのような、
スタジアムに巣食う個々の果てしない巨悪な欲望。

それゆえに、本来は崇高な「目的」のはずの勝利が、もはや、
個々の歪んだ欲望を達成するための「手段」に成り下がっている、
そんなオリバー・ストーン監督の痛烈な皮肉が見て取れる。

だからこそ、トニーが自宅でウィリーを諭す言葉や、
プレイオフの試合前のロッカールームで選手全員に語りかける言葉は、
失われつつある何かをグラウンドに取り戻すための祈りのようにも聞こえる。

勝利は犠牲を厭わない献身と断固たる意志をもって
信頼できる仲間とともに初めて成し遂げることができるものなのだと。

試合間にスポンサーのCMが入るようになった悪しき現代のNFLを憂い、
古き良き黄金時代を懐古させるようでもあり、一方で、
フットボールはフットボールであり、目指すべきものは勝利の二文字に変わりなく、
そして、勝利に必要なものも決して変わらないのだ、そんなメッセージにも読み取れる。


老いて人生に疲れた一人の男と、狂気に駆られたコーチの両役を
絶妙に演じたアル・パチーノの名演が何よりも素晴らしい。

悪役オーナーのキャメロン・ディアス、悪徳医師のジェームズ・ウッズ、
新旧クォーターバックのデニス・クエイドとジェイミー・フォックス、
オフェンシブ・コーディネーターのアーロン・エッカート、選手役のラッパーのLL・クールJ、
さらにはローレン・ホリーと先日死去した大御所、チャールトン・ヘストンといった
豪華絢爛な面々が、我の強い嫌みな役柄を演じているのも一見の価値あり。


オリバー・ストーン監督は『プラトーン』や『JFK』など社会派として鳴らしているが、
それは政治や戦争に限られたことではないことを実証した作品で、
そういう意味ではピュリッツァー賞を受賞したベトナム戦争関連の記事から、
日本の自動車産業、マイケル・ジョーダンの伝記に至るまで幅広い分野で
数々の傑作を遺した作家のデヴィッド・ハルバースタムを思い起こさせる。

アメリカのプロスポーツ界の現状を余すところなく網羅しており、
私的には生涯でマイ・ベスト3に入る至高の名作。
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by worthy42 | 2008-09-28 12:38 | 銀幕に溺れる(映画ノート)

2008年上半期ベスト5(映画)

1.善き人のためのソナタ

2.再会の街で

3.Once ダブリンの街角で

4.アメリカン・ギャングスター

5.ツォツィ

混戦。迷いに迷った。

ただ、アクション、ミステリ、ホラーと好きだった分野は
『アメリカン・ギャングスター』のみ。
大分、嗜好が変わったなあとしみじみ。

DVDになっている『サルバドールの朝』と
現在公開中の『告発のとき』(『クラッシュ』と同じ監督らしい)、邦画『相棒』ほか、
まだまだ観ていない注目作品がたくさんあります。
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by Worthy42 | 2008-07-06 21:46 | 銀幕に溺れる(映画ノート)

ゾンビ映画考

先日、ゾンビ映画を立て続けに2本観た。

私は基本的にはゾンビ映画は嫌いではなく、むしろ、とても興味深いジャンルだと思う。

崇高で不可侵な存在でさえあるはずの死者が現世に甦るだけでなく、
理性なく生きている人間(それも旧知の仲の)を次々と襲い、その肉を我先にと食らう。

屋台骨たるこの映画の前提が
越えるべきではない倫理観の一線をすでに越えているがゆえに、
鑑賞することなくともおぞましさ以外の何の感情も
込み上げてこないというのは分からないではない。

ただ、そこに募る感情は、生理的嫌悪感に似たその類のものだけではないと思う。

ゾンビ映画をゾンビ映画たらしめているのは
かつての同胞だった人間が死後に蘇り、生者の肉を食らうというのに留まらず、
そこに「狩猟―非狩猟」の、「狩る者と狩られる者」の関係式もあるのではないか。

つまり、「食う者と食われる者」の食物連鎖の関係が確立するから、なのではないか。

日本の犯罪心理学者の第一人者である福島章氏は著書で
人間のDNAには太古の狩猟時代の血なまぐさい記憶――
動物を「狩る(Hunt)」記憶――が無意識下奥深くに色濃く残されていて、
突発的な契機に現代人の意識の表層に表出して
人間を悪魔のような残虐な行為へと駆り立てる一因と
なるのではないかというようなことを述べている。

この説を借りれば「食うか、食われるか」の関係は、
かつての「狩るか、狩られるか」の関係の記憶を思い起こさせるものであり、
つまり、ゾンビ映画では、ただでさえ忌まわしい死者の蘇りという禁忌に加え、
その死者が捕食者として非捕食者の人間を食らうという、
太古のおぞましい記憶の扉を叩く、二重の構図が成り立っている。

これが人間の感情をいたく刺激するゾンビ映画のポイントだと思うので、
私的に「優れたゾンビ映画」とは上記の2点を網羅している作品であるのだが、
見てきたなかでは、実は意外と少ない。

もっとも基本的なところで言えば、
「歩いて迫ってくるゾンビ」など言語道断かつ笑止千万で、
いかに殺戮のシーンが視覚・聴覚的に恐怖を煽ろうと仕掛けてもその効果は疑わしい。

自らを襲われる草食動物と仮定すれば、
肉食動物の真の恐ろしさが突進してくるそのスピードにあるように、
鳥肌が立つような恐怖が非捕食者の実感として迫ってくるのは
捕食者(ゾンビ)が獲物(人間)に圧倒的な迫力を伴って走り迫って来る姿である。

人間が小走りするだけでゾンビから容易に逃げ切れるようでは
リアリティのない設定がますます子供じみたものに感じられてしまう。

そのような意味では、
走り来るゾンビの大軍に人々が必死に逃げ惑うシーンが強烈な
『Dawn of the Dead(ドーン・オブ・ザ・デッド)』が
今まで見たなかではベストな印象が強くて何度も見直した。

今回見た『バイオハザード3』も
凶暴化したゾンビが人間を追い回し食い尽くす、目を背けたくなるシーンがあったが、
巨匠、ジョージ・A・ロメロのオリジナルにして名作『ゾンビ』ではそのような印象が薄い。
本人も「走るゾンビは嫌い」らしいので、多分そうなのだろう。

だが、巨匠の約20年ぶりのゾンビ映画『ランド・オブ・ザ・デッド』中の、
「ゾンビに感情を持たせる」という新解釈はとても興味深かった。

・『バイオハザード3』
評価:AA-

私的には、駄作の『2』よりも、佳作の『1』よりも、上記の点では面白かった。

・『プラネット・テラー』
評価:A+

タランティーノの相棒、ロバート・ロドリゲス監督作品。
これは上記考はまったく度外視して見るべし。
脳内麻薬的、滋養強壮材的なゾンビ活劇。
徹底すれば悪趣味でブラックユーモア満載のB級作品も
ハンパなく楽しいという典型。どういう神経してるんだか。
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by Worthy42 | 2008-04-02 00:22 | 銀幕に溺れる(映画ノート)

ツォツィ

悪名高い”アパルトヘイト政策”がその爪痕を残す、
南アフリカの首都、ヨハネスブルクのスラム街。

不良(ツォツィという意味)と呼ばれる名もなき少年の手の動きを一日追えばこうなる。
アイスピックを握り、老人の胸を刺し、仲間を殴り、拳銃で人を撃ち、金を掴む。

だが、盗んだ車に生後間もない赤ん坊がいることに気付き、
自らの家に連れ去ったことから、
体験したことのない新たな動きが手に課されることになる。

赤ん坊を抱く、という動きが。

小さな、小さな、貧弱だが崇高な命の灯火を
自らの2本の細い腕に感じることになった瞬間から、
沸々と込み上げてくる思いが手から胸へと伝わってくる。

言葉では説明できない、命の重みが。

甲斐甲斐しく世話をしていく中で次第に変わっていくツォツィは
自らの不幸な生い立ちを顧み、
赤ん坊の未来のために両親の元へ返すことを決意する。

だが、赤ん坊を父親に返すべく手渡そうとした瞬間、
込み上げてくる感情に手は震え、涙が止まらなくなる。

腕に感じていた小さな温かみが、永遠に失われる―――。
そのとき、ツォツィは大粒の涙をこぼしながら
天へと何かを包み込むように、懇願するように、震える手を掲げた。

失われた重さの大きさに、
そして、奪ってきたものの大きさに、
はたと気付いた瞬間だった。

世話をすることで生きた生に触れ、
それを手放さざるをえないときに、命の意味を知った。

彼のその後の歩みがどんな道を辿ろうとも、
その手はもう二度と血に染まることはないだろう。

生に触れ、命を知るとはどういうことなのかを教えてくれる、
2006年アカデミー外国語映画賞を受賞した名作。
『ツォツィ』
評価:AA
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by Worthy42 | 2008-03-20 19:30 | 銀幕に溺れる(映画ノート)

アメリカン・ギャングスター

監督のリドリー・スコットの作品のなかで私的に印象が強いのは
ソマリアに墜落した米軍ヘリを中核に
ソマリア人と米軍との対立を描いた傑作、『ブラックホーク・ダウン』。

そんな名画を生み出した名監督も
原作の元となった実話のどの部分を映画化の中心に据えるか、
幾分迷ったのではないかと思う。

(以下、ネタばれ少しあり)

両主役のデンゼル・ワシントンとラッセル・クロウが対面を果たすのは
上映時間が2時間を過ぎようとしている頃。

それまでは前者が黒人ギャングの元締め、フランク・ルーカスとして台頭するまでを、
後者が特別麻薬捜査官リッチー・ロバーツとしてルーカスの尻尾を掴むまでを、
1960年代のアメリカ社会に絡めながら各々のストーリを交差させ丹念に描いている。

互いが対峙するまでのストーリもハードボイルド臭に満ちて面白いが、
対峙した後のラスト30分も「えっ」と思わせる意外な展開だった。

むしろ、こちらの部分を映画化の核にしても
それはそれで見せる作品になったのではないかと思った。

上映時間が2時間40分ほどの長編にもかかわらず
まったく飽きることなく見入ってしまったのだが、
それは監督、役者が素晴らしいかったという理由以外にも、
これが実話だという当時のアメリカ社会の衝撃的な荒廃ぶりが生々しかったせいもある。

作品選びの上手いデンゼル・ワシントンが
2年前にスパイク・リーの駄作『インサイド・マン』に出演していたのには失望したけど、
今回のチョイスと演技にはさすがオスカー俳優だと納得させられた。

ちなみにデンゼル・ワシントンの二つのスポ根映画、
『ザ・ハリケーン』と『タイタンズを忘れない』は特に好きだな。
後者は私的生涯ベスト10に入る名作。

アメリカン・ギャングスター
評価:AA-
「ギャングVS捜査官」モノでは、駄作オブ駄作『ディパーティッド』の1000倍は面白い。
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by Worthy42 | 2008-03-02 23:27 | 銀幕に溺れる(映画ノート)

デス・プルーフ

クウェンティン・タランティーノとロバート・ロドリゲスの作品を
興行収入があるのかとか、映画史的な価値があるのかとか、
あるいは秀作か駄作かとかで一刀両断するのは
野暮の極みというべき無粋な行為で、
もう、好きか嫌いか、感性の赴くままに身を委ねるしかない。

カート・ラッセル扮するスタントマン業のサイコ野郎が
改造車(耐死仕様車)を使ってセクシーな女性たちを
歯牙に掛け血に染めていき・・・というストーリ。

一瞬のうちに交錯する生と死の明確な対比、
快楽の享受と死への恐怖とのあまりの落差、
止むことのない欲望への盲目的追従。

そんなむしろノワールと見紛う要素を
純潔ささえ漂う徹底した勧善懲悪の爽快さで味付けして
これでもかと「ポップ観」たっぷりの料理に仕上げるのがミソ。

頭は空っぽでいい。
アハって笑っちゃうくらいがちょうどいい。
タランティーノのオタクさ加減を愛でてやればそれで十分満たされる。

劇場ではロドリゲス作『プラネット・テラー』とともに、
(一時期?)二本立てで公開されていて、
ちなみにこちらは徹底したゾンビ・モノ。
個人的には実はこっちの方が楽しみ。

ロドリゲスといえば、
なんたって『フロム・ダスク・ティル・ドーン』。これっきゃない。
学生時代に見て(ある意味)スゴイ衝撃を受けたのを今でも覚えてるな。

『デス・プルーフ』
評価:A+
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by Worthy42 | 2008-02-25 00:02 | 銀幕に溺れる(映画ノート)

善き人のためのソナタ

1984年、東ドイツ。
悪名高い国家保安省(通称、シュタージ)の尋問・監視のスペシャリスト、ヴィースラー大尉は
反体制派の疑いがあった著名な劇作家ドライマンの家に盗聴器を仕掛け、
日中日夜、徹底的な監視を始める。

だが、監視の動機に隠された大臣の腐敗した俗物的欲望、
体制に忠誠を誓うことなくただ出世に汲々とする信念を欠いた同僚に幻滅し、
ドライマンの恋人である舞台女優への屈折した妄質的な愛情につき動かされる。

そして、ドライマンが奏でたピアノの調べ『善き人のためのソナタ』を耳にし、
遵守すべき法律と忠誠を尽くすべき体制を疑い
依っていた信念を揺さぶられたヴィースラー大尉は
己のうちに宿ってきた新しい何かにかきたてられ、
国家の意思に背き、盗聴の報告レポートを偽っていく。

それが、一人の人間を救い、一人の人間を窮地へと貶め、
そして、結果的に、一人の人間の命を奪ってしまうこととは露も知らずに。

陰惨で気が滅入る天気と風景、そして多くの人の密告を恐れた会話や表情が、
体制派、反体制派双方に多くの裏切り者を出した忌むべき背景と相まって
希望の芽が摘まれた時代特有の絶望的な匂いを醸し出すが、
静かに自らの信ずるものを守ろうとする大尉の行動に
人間として有するべき普遍的な尊厳と良心を見て救われた。

ましてや、主人公の大尉を演じたウルリッヒ・ミューエが
私生活でも実際に元妻の密告を通じてシュタージに監視されていた過去を持ち、
さらに、この映画の直後に病死したと聞かされると、
彼の一つ一つの「演技」に見入ってしまわずにはいられない。

最後のシーンの "Das ist fuer mich" というセリフに
託された意味はとてつもなく深く、それゆえ万感な思いに囚われる。

2007年アカデミー賞外国語映画賞受賞作。
掛け値なしの傑作。素晴らしい。

『善き人のためのソナタ』
評価:AA+
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by Worthy42 | 2008-02-10 15:31 | 銀幕に溺れる(映画ノート)