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追悼、デイヴィッド・ハルバースタム

米ピュリッツァー賞受賞ジャーナリスト、交通事故死

就寝前の読書に本を選んでいるとき、たまたま目に入った読みかけの『ベスト・アンド・ブライテスト』を敬遠して『オリエント急行殺人事件』を選んだのが一昨日。

何の虫の知らせだったのか、私がもっとも尊敬し、敬愛するピュリッツァー賞受賞ジャーナリストで作家のデイヴィッド・ハルバースタム氏が23日、交通事故に遭い死去した。73歳だった。

氏の著作を初めて読んだのは学生の頃。バスケットボール界のスーパースター、マイケル・ジョーダンについて書かれた『ジョーダン』という本だった。読者に身構え正面から相対することを要求するかのような氏の格調高く真摯な文体と、訳者・鈴木主税氏の秀逸な訳との絶妙なコラボレーションもあって、あっという間にのめりこんでしまったことを覚えている。

政治、戦争、経済からスポーツまで造詣の深い世界屈指のジャーナリストのまさかの「死」。それも病気ではなく、誰にでも降りかかる交通事故死。

そのあまりに「普通な」死に様―――それも仕事帰りの惨事―――が、氏の偉大な功績と反比例して、どうしても強烈な違和感を感じずにはいられない。

と同時に、レブロン・ジェームスやタイガー・ウッズといった、ジョーダン以降の新時代の象徴となるスポーツスターに関するノンフィクションの傑作を、もう二度と読めないのだなと、悲しすぎて目を背けたい現実をぼんやりと理解しつつある自分もいる。

なにより、ベトナム以降のアメリカのジャーナリズムをリードしてきた類まれな、気骨溢れるジャーナリストの自叙伝を、回顧伝を読んでみたかった。

アメフトのかつてのスターへの取材帰りに事故に遭ったハルバースタム氏。
引退後ではなく、現役のまま逝くことを氏が望んでいたことを心から願ってやまない。

合掌。


ジョーダン
/ 集英社
ISBN : 4087733173
スコア選択: ※※※※※
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by Worthy42 | 2007-04-25 01:25 | ひとときの残滓(スポーツ)

本日も晴天なり@東京都知事選挙


どうやか改革の風は吹かなかった模様(そんなのが本当にあるとすれば、だが)。おまけに予想以上の大差だったらしい。

<都知事選>現職・石原氏の当選確実 浅野氏を圧倒

もう少し早く立候補を表明していたら、
もっとマニフェスト周知を徹底していたら、
もっと「反石原キャンペーン」を大々的にしていたら、
違う展開になっていたのだろうか。

「否」な気がする。

多少汚れていようが強いリーダーシップに縋りたい国民的気質と、
昨今の勝ち馬に乗りたい格差至上判断を考慮すれば、
浅野氏がそれらを凌駕できたとは思えない。

<ミニサプライズ①>
石原氏の選対本部長があの佐々淳行だということを今日知った。浅間山荘事件の対応を指揮した初代内閣安全保障室長の辣腕の前では、そりゃ市民型選挙じゃ勝てないわな。いやこれにはほんとに驚いた。


<ミニサプライズ②>
「DNDS」って知っていますか?
Doctor Nakamatsu Defense System の略称で、北朝鮮の弾道ミサイルをこれで撥ねかえすとのコト。迎撃ではないらしい。いやこれにはほんとに脱力した。
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by Worthy42 | 2007-04-08 22:12 | ひとときの残滓(スポーツ)

Touch or leave


胸に響いてやまない寂しさも嗚咽するような悲しみも
心にじんわり染み渡る温かみも狂喜乱舞する喜びも
慣れや達観の境地というよりも心の硬直ゆえに、
忘却の彼方だと思っていたのだが。

「情熱を持って人に接せよ」と言ってくれたのは誰だったか。

忙しさにかまけて、というより面倒くさくて、
”思いを伝える”コミュニケーションをおざなりにしてた。

仕事であれ、恋愛であれ、なんであれ、
「思いの丈をぶつけること」の大切さを再確認させてくれた涙でした。
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by Worthy42 | 2007-04-08 21:33 | 情念の雷(心と言葉)

MURDERBALL

2005年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞ノミネート作品。

マーダーボール(=Murderball)と呼ばれていた時代があったほど激しい衝突が繰り広げられるウィルチェアラグビー(車椅子ラグビー)の大国アメリカ代表が、かつてのアメリカ人スターが率いるカナダ代表に敗れ、アテネパラリンピックで雪辱に挑むまでを追ったドキュメンタリー。

・・・と書いてしまえば、普通のスポーツドキュメンタリー作品を思い浮かべるかもしれないが、車椅子生活者の日常もつぶさに描いている。

車椅子生活を余儀なくされた事件、事故、病気、以前の自分には戻れない残酷な事実との対峙、絶望、それを乗り越えた現在の生活、仕事、家族、恋人、性生活まで、それぞれの選手たちが拍子抜けするほどあっけらかんとして語る姿に、彼らが乗り越えてきた困難(と一言で表現するにはあまりに重たい)の過酷さと、諦めたであろう(我々にとっては当然の)生活を、言外にひしひしと感じずにはいられない。

もう二度とかつての自分には戻れない現実を直視せずに逃げてしまいたくなること、それはアメリカ人でも共通なのだなと妙に納得してしまった一方で、ナンパできることを喜ぶアメリカ人の明るさ、オープンさには改めて脱帽してしまった。

そして、何といってもスポーツにかける本能的な闘争心。首を傷つけ、体の一部に麻痺があっても体を酷使することを厭わない。精神的にも強靭を通り越して狂気の感さえ漂う。かつてのアメリカ車椅子バスケット界のスターが不遇をかこったことに反発してカナダ代表のコーチに就任し、アメリカ代表を破ったことに端を発する因縁関係には険悪な雰囲気すらある。

彼らは四肢に不自由があり、車椅子生活を余儀なくされている。
けれどそこにはもはや憐憫の情は必要ない。
必要なのはライバルからの「勝利」だ。

なぜなら彼らは骨の髄までアスリートなのだから。

私が流した涙の理由は、そこにあるのだと思う。


Murderball
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スコア選択:



戦うことが生きること、

勝つことがその証。



意味のある戦いもある。



評価:AAA(最高ランク)










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by Worthy42 | 2007-04-01 02:02 | 銀幕に溺れる(映画ノート)

スターを評価する指標

ipodのビデオポッドキャストで欠かさず見ているNBAの番組の特集が、先日は「マイケル・ジョーダンVSコービ・ブライアント」だった。コービがここのところ絶好調で、4試合連続して1試合50得点を記録したため、今更ながらジョーダンとの比較論が持ち上がったようだ。

番組では、MCが得点王のタイトルやシーズンMVPの獲得数など5項目にわたる検証の結果、ジョーダンに軍配を上げていたのだが、もっとも重要視する理由として挙げていたのが「NBAを制覇したチャンピオンズリングの数」だった。

ジョーダンの6個に対し、コービは3個。おまけに全盛期に引退し、MLBに挑戦したジョーダンはもっと優勝できただろうといわれているが、コービの場合、ファイナルMVPを獲得したのはシャキール・オニール。いわば、コービは2番手の立役者だった。

とまあ、蛇足が過ぎたのだが、要は、チームスポーツにおいてもっとも讃えられるべきは「勝者」なのだ。

特にアメリカではその傾向が顕著で、ジョーダンが90年代のスポーツ界のアイコン(象徴)となったのは、滞空時間の長い、跳躍力溢れるダンクや大流行した「エアジョーダン」などのブランド戦略の成功よりも、ただ純粋に「勝者」だったからだ。ジョーダンが初優勝を遂げるまで、アメリカのマスコミは驚異的な個人成績を賞賛しつつ、個人技に走るだけの独善的な選手としてしか評価していなかった。バスケットはチームスポーツ、もっとも栄誉ある賞は、得点王でもMVPでもなく、チーム全員で勝ち取った証=優勝なのだということをマスコミもファンもよく知っているからだ。

翻って、イチローである。メジャーリーグに参戦以来、「サムライ」と圧倒的な敬意をこめて呼ばれる求道者に、「チャンプ」の称号は以前与えられていない。それどころか、ここ数年、チームはプレイオフにも進出できない体たらく。一方で、イチローは6年連続200本安打を記録している。

野球とバスケット、アメフトを比較するのは酷かも知れないが、リーグを代表するスーパースターは、依然、チームを優勝どころかプレイオフに導く存在ですらない。むしろ、この孤高の男はますます打撃術を磨きをかけるばかりで、チームの矢面に立って引っ張っていくという気概がまるで見えない。ようやくチームの惨状に痺れを切らしてFAでの移籍をちらつかせフロントに補強を迫ってはいるが、グラウンド上ではチームを強くするために何をしているのか、皆目分からない。

ジョーダンが優勝を意識して真っ先にしたことは、チームメイトのレベルアップ。入団したばかりの新人と1ON1を繰り返し、その新人はジョーダンの6度の優勝に大きく貢献するだけでなく、「NBAの偉大な選手50人」に選出するまでのスターになった。言葉の壁はあるとしても、イチローはジョーダン同様、チームメイトのレベルアップに積極的に貢献しているのだろうか?

もっとも、日本のマスコミがマスコミ嫌いとして名高かったイチローに気を遣いすぎ、島国根性も手伝ってイチローの動向のみを伝えているだけかもしれないが(スポーツニュースでイチローの個人成績だけを伝え、チームの勝ち負けを報道しないなどその弊害は甚だしいのだが)、Winner takes all(ウィナー・テイクス・オール)」の精神はマネーだけではなく、地位や名誉にも当てはまり、アメリカのスター評価の基準として脈々と根付いていることをイチローは知っておいたほうがいい。

日本が誇る国民的スーパースターをワールドシリーズで見ることもなく、弱小チームの「お山の大将」のまま去る姿を見るのは、とてつもなく耐え難い。

だが、はたしてイチローは、「本気で優勝したい」と思っているのだろうか?優勝にかける執念が見えないのがとても気がかりだ。
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by Worthy42 | 2007-04-01 01:10 | ひとときの残滓(スポーツ)